こんにちは。アラフィフの味方!
マチコです。
昨日、オープンダイアローグのセミナーを受けてみました。
オープンダイアローグって?
フィンランドで生まれた精神医療のアプローチで、精神的な危機にある本人と家族、医師、看護師、心理師、ソーシャルワーカーなどが一緒に集まり、本人のいないところで本人のことを決めるのではなく、本人もその場にいて対話を重ねていく。
薬物療法を必要最小限にし、入院をできるだけ避けながら、対話を通して回復を目指す。
80人ほどがZoomで参加するオンラインセミナー。
現地スタッフへのインタビュー映像を見ながら、その考え方や実践について学びました。
以前から、いつかちゃんと学びたいと思っていたもので。。。。
……いや。
「いつか学びたい」なんて、そんな生ぬるいものではなかったかもしれない。
「これや!これしかない!」かな~
最初にそう思ったのは、4年前
当時、私はパニック症状があるけどアパレルで働く次男の付き添いで、朝、大阪まで車で送り、夜まで大阪に滞在して、また帰り一緒に車で帰るという生活をしていたんですよね。
その間の8時間ほどを、私はよく書店で過ごしていました。
あの頃は、いろんな意味で苦しかったし、我が子のしんどさで自分自身が壊れてしまいそうな感覚でした。
何かにすがろうと必死だったある日、手に取った一冊の本。
そこに書かれていたのが、「オープンダイアローグ」で。
「開かれた対話」とな。
フィンランド西ラップランドで実践され、研究でも一定の成果が報告されているこのアプローチは、専門家が答えを出して、本人に伝えるのではない。
みんなで話す。
みんなで聴く。
そして、何度も対話を重ねていく。
本を読みながら、「え? なにこれ?」と思ったんですよね。
そして、すぐに、「これを受けたい」と思った。
でも、探しても見当たらない。
日本にも、こんな仕組みがあったらいいのに。

いや。
なかったら、私が作ってやる。
……本気で、そんなことを考えていたんだけども。
もちろん、当時の私は何の専門家でもない。
ただ、目の前の家族のことで必死でした。
それでも、その本に書かれていた「人を治す」のではなく、「人と一緒に、その人に起きていることを考える」という考え方に、強く惹かれたんですよね。
それから4年。
思いは消えてなくて…。
くすぶり続けた、と言ったほうが近いかもしれない。
去年、大学のスクーリングで、「あなたは、これからの社会福祉において何に興味を持って学んでいきたいですか?」というような設問がありました。
私はそこでも「いつかオープンダイアローグをやりたい」と3200文字のレポートとして熱く書き込みました。
すると、先生から返ってきたのは、「ぜひ頑張って研究してほしい」という言葉で嬉しかったことを覚えています。
そして昨日。
4年前に書店で手に取った一冊から始まった「いつか」が、ようやく一歩、現実になったのです。
『この病院には統合失調症患者はいないと言ってもいい』!?
(この病院というのは、オープンダイアローグを開発した、西ラップランド地方にあるケロプダス病院の事です。)
おいおいおい!って思うけど、見方を変えるとそう言えるらしい。
精神病症状が一定期間続くと統合失調症と診断されることがあります。でも、この病院では、早い段階から対話を重ねることで、症状が長期化・慢性化することを防いでいる。
だから『この病院には統合失調症患者はいないと言ってもいい』と、インタビューに答えていた医師は話していました。
Tips実際、フィンランド西ラップランドの実践では、初回の精神病エピソードに対して、早期に本人・家族・支援者が集まり、地域・家庭中心で対応することで、長期入院する統合失調症患者が大きく減少したことが報告されている。1990年代の研究では、2年間の追跡で81%に残存する精神病症状がなく、84%が就労または就学に復帰し、神経遮断薬を使用した人は33%だった。
【引用】
フィンランド西ラップランドにおける包括的オープン・ダイアローグ・アプローチ:発展的な地域ケアにおける急性精神病の転帰の長期的な安定性
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/17522439.2011.595819?utm_source=chatgpt.com
残念ながら、実際の患者さんとの対話そのものを見ることはできなかったんだけど、当然ですよね。
患者さんのプライバシーがある。
それどころか、スタッフのインタビュー中にも、ひっきりなしに患者さんから電話がかかってくる。
そのたびに、「カメラ、止めてね」と撮影が中断されて。
なんだか、それがとても印象に残って。
カメラより、目の前の患者さん。
撮影より、今ここで起きていること。
それが当たり前のように行われていたのです。
そして、電話がかかってきたら、その日のうちに本人の家、あるいは適切な場所に関係者が集まり、対話が始まる。
一度話して終わりではない。
何度も、何度も。
本人と家族と支援者が、その人に起きていることについて一緒に考え続ける。
しかも、その支援にかかる費用は無料。国が負担しているという。
「これ、日本にもあったらいいのに」
そして、ここで私はまた思ったのです。

「あれ? これって、次男がしんどかったときに私が欲しかったものやん?」
当時、私は、本人をどうしたらいいのか分からなかった。
家族もどうしたらいいのか分からない。
本人も苦しい。
でも、誰かが「こうしてください」と答えをくれるわけでもない。
そんなときに、本人と家族と専門職が一緒に座って、「今、何が起きているんだろう」と話せる場所があったら。
どれだけ違っただろう。
4年前、私は「日本にないなら私が作ってやる!」と思ったんですよね。
でも昨日、スタートラインに立ってみたら、私よりずっと先を走っている人がたくさんいました。
そして「今日がスタートです」という人も30人いたわ。
ああ。私、一人じゃなかったんだ。
……だったら。
ここから、やるしかないやん。笑
今までのように、本からだけではない学びを、また発信していけたらと思います。
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